4月6日(金)   大丹生(晴れ)    中潮

 真冬から乗っ込みにかけては、数の出る時期ではないと思う。一発大物を狙って、場所や餌、釣り方などを工夫しないとなかなか結果はでない。そういう思いから今年もいろいろ考えて釣れそうな釣り場を求めて釣行を重ねてきた。しかしながら、過去の実績や釣れ具合などを考えると今の私のパターンではホームグランド大丹生の番が回ってこない。釣り場速報の西田渡船の釣果欄には年始より筏の釣果は未だ皆無。今週はどうだったのかと思い、釣行前日、電話してみた。「最近、どうですか?」「それがね〜、お客さんが全然来てないのよ〜。」とおばちゃんの声。「そうですか・・・。」お客さんが全然という言葉には弱い。なぜか行かないといけない気がしてしまう。「本当は筏で釣りがしたいけど、明日は平日なので防波堤にもお客さんはいないだろう。カセに乗ろう。あそこは浅場やし、乗っ込みチヌもいるかもしれないし、深場より一日打ち返せば夕方には撒き餌も効きそうな気もする。」

 当日は3時45分頃自宅を出発。黒鯛釣り具店でボケ30、アオイソメ300円、シラサ半杯、オキアミ、団子(小)を購入。合計4000円。大丹生には5時半に到着。荷物を船着き場に運ぶと、西田のおじさんとおばさんが水揚げした魚を箱に入れていた。かごを使った漁のようで、ガシラやメバルがいっぱい入っていた。結構な良型だ。「すごいな〜、ガシラはおいしいし。京都のスーパーで買ったら高いよ。」「「そうか、こんな頭ばっかり大きな魚、ワシは食ったことがないけど、漁協に売ると結構するんじゃ。」とおじさんが言った。他には巨大な水ダコや、これまた巨大なアナゴが2匹いた。1匹の口に指を入れてぶら下げると70pくらいあった。「でか!」色つやのよいもう1匹も大きさを見ようとつまみ上げると、死んでると思っていたアナゴが指にかみついた。「いてててて。」「おかしいのう、ちゃんとしめたのにのう。」とおじさん。確かに頭部にはしめた包丁の大きな跡があった。しかし問題はかみついたアナゴから指を抜くことだった。顔は平静を装っていたが、相当痛い。口を開けようにもこじ開けるには小さくてどうしようもない。痛いのを我慢してやっとの思いで引き抜いた。出血寸前だった。

 5時45分頃出船。カセに乗った。本当は岸よりのカセを考えていたが、おじさんのすすめるもう1つの方にのった。まずはボケを使ってカセ周りを探った。防波堤から2メートルほどしか離れてないので、カセから防波堤際にも投げたが、ガシラが1匹釣れただけだった。6時半頃より団子を投入した。おじさんからもらった牡蠣やボケ、オキアミで探るが、時々フグがさわる程度でアタリはない。「やっぱり場所間違えたかな〜。どうも釣れる気がしない。大丹生にチヌ、いるのかな。」だんだん、弱気に支配されてきた。「あかんな〜。せっかく釣りに来ているのにこんな気持ちでは・・・。」



 状況は変化しないまま11時になった。諦めムードで穂先を見つめていると、防波堤で8時頃からフカセ釣りをされていた方が、こちらに来られて「和田さんですか?」と話しかけてこられた。この方は私のホームページをのぞいてくださっており、以前にも大丹生でご一緒していたそうである。普段はかかり釣りをメインにされているそうで、今日はたまたまフカセ釣りをされているということだった。「道理で」と思った。カセのかかっている付近はフカセの方がよく入られる場所で、防波堤にその方が来られた時は、「やばいな〜。」と思ったが、はるかに離れた場所に釣り座をとられた。これはおそらくかかり釣りをしている私の気持ちを察して、配慮してくださったからだとわかった。また私は筏はさっぱり釣れていないと思っていたのだが櫻井渡船では大型が上がっていること、防波堤でもコンスタントに釣果があること、さらには大丹生での時合いや潮の善し悪しのことを話してくださった。私の知らない昔の大丹生のこともよくご存じであった。大丹生のことに関しては、私も結構通っているので、知っているつもりだったが、キャリアも実績もその方のほうがはるかに上だと思った。お名前を伺うと、私が撃沈している時期に大丹生で凄い釣果を上げて黒鯛のHPに載っておられたことも思い出した。15分ほど話していただろうか、Sさんのおかげで萎えかけていた気持ちはすっかり立ち直り、再び釣りに向かうことができた。行きなれた釣り場でも、まだまだ知らないこともある。大丹生に対する研究心が薄れていたことを痛感した。「わかった気になったら、成長はとまる。」ことを反省した。お話しを聞いたおかげで、とても新鮮な気持ちになれた。

 状況の方だが、その後も全くチヌの気配は感じなかった。16時、14時頃に防波堤に上がった落とし込み師が、私の釣り座付近まで移動して来られ、10メートルほど離れた場所でかけた。取り込まれたチヌは巨チヌだった(西田のおじさんによると51p)。「やっぱりいるんや。」と思うのと同時に、久しぶりに悔しかった。落とし込みには落とし込みの難しさがあるのだろうし、この時期そして防波堤では特に理にかなった釣りなので分があっても仕方ないのだが、10時間1度のアタリもないかかり釣り師から見ると、いとも簡単に釣れたように感じてしまう。「なんとか、1枚」という気持ちは更に強くなった。

 18時、フカセ釣りをされていたSさんが来られた。「完敗でした。」とおっしゃった言葉が心に響いた。まったく同感だった。いや、同感というより共感した。釣れなかったけれどもすがすがしかった。帰りの船では、西田のおじさんとガジラ漁の話をした。かごにおじさんなりの一工夫があり、それは企業秘密だそうだ。もちろんそんな秘密を探るつもりはないが、うれしそうに笑うおじさんを見ているとあと10年くらいしたら、漁師になりたいと思った。そんな甘い仕事じゃないのはわかっているけど。陸に上がるとがじろうさんが来てくれていた。釣りの話や仕事、その他の世間話をした。「でも、和田さん、今日は思う存分釣りをしましたね。」流石がじろうさんだと感じた。「心の中の核心を一言で言い当てる」と思った。事実、惰性ではなく、最後まで釣ろうとしたことへの充実感があった。そうできたのは、Sさんのおかげだけれど・・・。

 当日であるが、筏でもバラシがあったそうである。チヌの数、あるいは釣りやすさは違えども、大丹生にもちゃんとチヌはいることがわかった。HG大丹生に来てよかった。釣果よりも、釣りに大事なことを得ることができた。

釣果:信じる者は救われる。