8月20日(月) 白杉→吉田(晴) 小潮
土曜日の夜、マーやんから年無しを含んで良型9枚の爆釣連絡をもらった。よい情報を教えてもらっても、出撃チャンスと重ならないことが多いのだが、今回は月曜日に休めることになった。がじろうさんに出撃を連絡すると付き合ってくれることになった。「楽しい釣行になりそう!」
当日は2時40分に自宅を出発した。黒鯛釣り具店では氷だけを購入し、マスターとイガイのアタリについてしばし雑談した。私の経験したアタリは微妙なものが多かったが、穂先がズボッとなるらしい。そんなアタリをみたいなと笑って店を後にした。田上渡船には4時半頃到着。しばらくしてがじろうさんも到着。薄暗い中話していると船がやってきて、5時には筏に乗っていた。すぐにイガイをとって、準備にかかる。朝一から穂先が突き刺さるイメージが離れず、気がはやってしまう。「よっしゃできた。いけー」着底。「くるぞ、くるぞ・・・・・あれ、こないな〜。」誘いをかける。反応なし。5分経過。10分経過。30分経過。だんだん、興奮がさめてくる。「う〜ん、こないな〜。」筏周りの捜索にでる。反応なし。2時間が経過したが一度のアタリもでない。「土曜日、爆釣だったけど、日曜日はダメだったようだ。今日はダメの流れのままか・・・。チヌは他の筏についてしまったか?」
そして7時半、二人で相談し、渡船屋さんに迷惑をかけるのを承知で早めの筏代わりをした。今度は岸よりの筏に乗った。気分を変えて釣り始める。再び、穂先が持ち込まれることを期待して集中する。アタリはない。1時間、そして2時間が経過。「やっぱりダメや。この筏は牡蠣ロープもないし、チヌもおらんみたいや・・・。」10時半には完全な諦めモードをなってしまった。今日はもともと半日の予定だったので、爆釣後のお残り頂戴作戦がうまくいかなかったという、よくある失敗で終わるはずだった。しかし、諦めきれない私とがじろうさんの出した答えは吉田に転戦するという前代未聞の作戦だった。「今日は餌代ゼロやし、やってみよう。」
11時半に迎えに来てもらい、12時過ぎには吉田の筏の上にいた。しかし・・・、海の状況は白杉と同じだった。周りではシラサやアケミで小チヌが釣れていたようだが、イガイに反応する小チヌはいなかった。嵯峨根のおじさんは「7時までがんばってくださいよ。」と言ってくれたが、がじろうさんも私も今日の流れ(選択)の悪さは十二分に理解していたので、5時15分納竿とした。
「欲をだしたらいけませんね。」とがじろうさんが言った。さすががじろうさん、一言での今日の総括だった。アタリに飢えていた私、そしてイガイで今シーズンすばらしい結果をだしているがじろうさん、二人ともにとってマーやんの釣果が基準になってしまっていたと思う。普通のチヌ釣りは1枚釣るかどうかの世界なのに・・・。当然あせりもでるし、判断も間違う。更にそういう状態の中で二人で一緒に考えることによって、マイナス方向に相乗効果がでてしまった。「あかんなあ・・・。またも人を巻き込んでの撃沈。それにしても撃沈の仕方が悪い。がじろうさんやマーやんに申し訳ない。」今回の撃沈をしっかり反省して、もっと楽しめる釣りができるようになるための糧にしたいと思った。5時半、がじろうさんと別れて帰路についた。綾部に入るあたりで気がついた。「タバコ代、払うの忘れた。」嵯峨根のおじさんがタバコが切れた私のためにわざわざ買いに行ってとどけてくれたタバコのお金だった。「あかんときはほんまにあかん・・・」おじさんに謝りの電話を入れた。「よいですよ、もう。」とおじさんは予想通りの返事をされたが、早いうちに払いに行くつもりだ。
家に帰ると1枚の葉書が来ていた。かつての釣仲間からのものだった。彼の身に起きた事故を思うと言葉がでなかったが、再起を誓うその写真は、悲しみのなかにも胸の奥にしみ込んでいく透き通った強さと美しさを感じた。彼と私の思い出とこれからが浮かんだ。「一番大事なものは変わらない。いや、決して変えはしない。」
釣果:釣りは人や自然との対話